地学 トピック2

 地学に関係した話題のその2として濃尾地震のときの根尾谷断層付近の変位についての資料整理とこれによる考察を載せたいと思います。


濃尾地震時の根尾谷断層付近の変位


1.きっかけ

 このことに関心をもつようになったきっかけは、ちょつとしたことでした。私事ですが、昨年(2008年)の8月末に、もう5日生き延びれば93才の誕生日をむかえられた父が92才で病死しました。父の生前の最大の趣味は、古本を集め、斜め読みすることでした。父は長年高校の数学の教師をしていました。一時、物理も教えていました。その関係で、父の集めた古本の大半は数学か物理に関するものでしたが、その他にも、実に多方面の古本 を集めていました。外国語だの、哲学だの、美術だの、天文学だの、文学書その他諸々です。

 その中には地形・地質に関するものも少しあり、その内の何冊かは、生前にことわってもらい受けていました。その中で私にとって印象的なのは大塚彌之助の「日本島の生ひたち」という本です。まだ、3分の1ぐらいしか読めていませんが、読めた、子供向けの部分は、少し前の地質学者がどんなことを考えていたのかわかって、ちょっと面白かったです。

 昨年の秋に兄弟で父の遺品の大量の古本を整理して処分することにしました。整理を自分たちでやることにして、数日かけて整理しました。大量にあり、かつ、雑然としていたので、とても1日ではできなかったのです。その過程で、数学や物理の本の後ろにその他のジャンルの本が、まだ、隠れていたことがわかりました。隠れていた本の中に地形・地質に関するものも20冊前後ありました。兄弟各々が興味のある本をもらった上で、処分ということになったので、地形・地質の本を全部もらうことにしました。

 ここで、新たに発見した父の地学に関する古本の中で、特に興味を引いたのは、槙山次郎の「岩石変形学」と大塚彌之助の「日本の地質構造」です。「岩石変形学」は結構、難しいので、まだ一部しか読めていませんが、「日本の地質構造」は最後まで目を通すことができました。

 「日本の地質構造」には、いろいろなことが書かれており、今日の感覚でも充分通用する話と、今とは大分感覚が違うなという話と様々です。今日との違いを最も強く感じたのは、今日の「火成岩」の分け方と異なる火山岩が堆積岩と一緒にまとめられた「表成岩」と、深成岩と変成岩が一緒にまとめられた「内成岩」という岩石の分類方法です。「現在の地殻変形」には、今の感覚でも、充分ぴったりする話が書かれています。その中に私がいままで知らなかった濃尾地震時の水準点の変動についての話がのっていて、これに興味をそそられたわけです。




2.「日本の地質構造」の根尾谷地震断層についての記述
 まず、挿入図が目を引いたので、それをそのまま引用します。

 
図−1 大塚彌之助 昭和17年(1942)年著 「日本の地質構造」中に
掲載された根尾谷地震断層の図 


 少し長くなりますが、本文もそのまま引用します。ただし、漢字の字体と、旧仮名遣いのところは今のものに変更してあります。送り仮名のふり方は原文のままです。

本文


 1891年10月28日の濃尾地震の際生じた根尾谷地震断層に就いては故小藤文次郎博士の詳しい記載がある。同博士によれば断層の両側の変位は水平移動最大4m,垂直変位最大6mに達している。故小藤博士によれば根尾谷地震断層は岐阜県可児郡帷子付近から関町を経て本巣郡外山,水鳥に達する延長50km内外に達する地震断層で,外山以南は地震断層裂罅の東側は反対側に対して相対的に数10cm乃至1mの範囲で低まった。然るに根尾谷水鳥付近は垂直6mに達する変位を示し,垂直変位は南部とは逆に西側が低まった。地震断層は更に水鳥から北方へと延長し津屋博士の詳しい観察・記載がある。同氏によると水鳥以北では別の地震断層が再び数cmの北落の垂直変位を示して略ぼ水鳥のものに接して生じている。併し水平移動はこれらの地震断層の全体を通じて断層の東北側が常に反対側に対して北西へ移動する傾向を示している。この場合にも水平移動方向が相対的に高まる傾向を示している。
 幸いにもこの根尾谷地震断層を横切って水準点の路線が設置されてあったために地震断層成生後検測されて,この地震断層の両側の相対的変位が明となった。第62図上はその水準点の変位であって地震断層の両側で著しく変位していることが明にされた。濃尾地震の震央は根尾谷付近と考えられているが,余震は大部分根尾谷地震断層の南側を占めている。尚この根尾谷地震断層が地震動を感じて後成生されたことを大森博士は記しておられる。




3.地震断層付近の変位についての注目点
 根尾谷地震断層の写真は何度か見たことはあったのですが、変位の詳しいことについては全く知らなかったので、「古本」の内容ですが、私にとっては新しい情報でした。この地震断層付近の変位について注目すべき点は2点あると思います。
  1. 大塚も指摘している、水平変位が左横ずれで一定であるのに対して、垂直変位の東落ち、西落ちが1つの断層上でも場所により一定でないこと。
  2. グラフを見ると明らかなように、地震断層の変位と対をなすような撓曲による変位が認められること。
特に2番目に重要な意味があるように感じます。

 この変位について、地盤というか地塊の運動として少し詳しく考えて見たいと思い、そのために、次のような作業をしてみました。

以下、これらの作業の説明と作成図を示します。



4.高密度等高線図
 数値地図を用いて高密度等高線図を作成しました。広い範囲について作ったので、作成図そのものは全体を見渡すには扱いにくくなったので、さまざまなレベルの縮小版を作りました。次に最も小さく縮小した図へのリンク図を掲げます。全体の傾向はこの図が最もつかみやすいのですが、細かく部分的に見たい方用に、より大きなサイズの図へのリンクを用意しました。

図−2 (a)高密度段彩等高線図 (25%縮小版)

(国土地理院の数値地図データを利用して作成 :詳細は参考文献の欄に記載)



その他のサイズの図へのリンク

図−2 (b)高密度段彩等高線図 (50%縮小版)

図−2 (c)高密度段彩等高線図 (75%縮小版)

図−2 (d)高密度段彩等高線図 (作成図100%版)
全体を見るには、大きすぎてかえって見にくくなってしまっています。一部を詳しく見たいときはお勧めです。





5.検討地域の概略地質図
 文献3の本州中央部の地質の中のごく一部を拡大し、やや簡素化して、改めて着色して概略地質図を作成しました(図−3)。
 

図−3 美濃加茂付近の地質概要図

 岐阜から犬山にかけて、その北部に、西北西−東南東方向に、主体は古い中生代ジュラ紀の地層で、東南端は新第三紀層から成る山地地塊が延びています。この地塊により、北東側の美濃関、美濃加茂の盆地と南西側の岐阜、犬山以南の濃尾平野に分かたれている状況が明瞭に示されています。

 この図−3と、前掲の図−2の比較によって、次のようなことがわかります。1つは、古い地層の分布域中で、図−2で相対的高地の連なりで示されている部分が異地性のチャート岩体の分布域であることです。2つ目は、山地・丘陵中で、新第三紀層の分布域と、より古い地層の分布域の図−2の等高線パターンが異なっていることです。

 なお、少し工学的な見方をすれば、第四紀層は塑性的性質をもつ新期層で、中生層と新第三紀層とは剛体的な性質をもつ基盤層と考えて良いでしょう。


6.濃尾平野付近の活断層の分布
 文献4の中の中央日本のごく一部の活断層の位置をトレースして縮小して作成した図が図−4です。

図−4 濃尾平野付近の活断層分布図

 図−1と比較すると、長い根尾谷地震断層の一部は活断層図の活断層にはなっていないことがわかります。 活断層の判定は主に航空写真の地形判読で、手段が異なるので、地震断層を含んでいなくても仕方ないという考えもあるかもしれませんが、最新の地質時代に動いたことが明らかな断層はすべて活断層図に示すべきと考えれば、若干問題があるように思います。

 この図で、この付近では、概ね西北西−東南東、ないし、北西−南東走向の左横ずれ断層と、東北東−西南西、ないし、北東−南西走向の右横ずれ断層が対をなしていることが明らかです。理由は、ここでは書きませんが、この断層系の走向と変位センスは、この地域が大きく東西から圧縮されていることを示しています。

 根尾谷断層系は、西北西−東南東、ないし、北西−南東走向の左横ずれ断層系のうちの1つです。


(力の向きと断裂の向きと変位方向の一般論については、3−2.地形の「火山列」の考察の中の「3−2−3.断裂系形成時の環境と断裂の向きについて」の掲示図をご覧ください。)



7.水準測量路線図
 図−1のデータの位置を、以上の各データの位置との関係で明確にするための作業を行いました。具体的には、図−1の位置図の部分を拡大し、浄書し、わかりやすくするために適当に着色した図を作成しました(図−5)。


図−5 水準測量路線図

(図−1の水準測量の路線図部分の拡大・浄書図)

 古い資料ですが、谷地形など結構正確に描かれていることがわかります。地形をたよりに図−2と位置合わせをすることができます。


8.地震による垂直変位
 濃尾地震による根尾谷地震断層付近の垂直変位を少し詳しく見るために、図−1のグラフの部分についても拡大し、浄書し、かつ、適当に着色して作成した図が図−6です。



図−6 地震時の水準点の垂直変位

(図−1の水準点の変位グラフ部分の拡大・浄書図)

 前述のように断層による変位だけでなく、撓曲による変位も明瞭に示されています。なお、この図には当然地震前後の測量時点間の「地震によらない」変位の部分も含まれていますが、ほとんどが地震時の変位によるものとみなして良いと考えます。



9.濃尾地震時の根尾谷地震断層付近の垂直変位の考察
 以上の各資料を総合して、図−7を作成しました。活断層図については、当然縮小前の図との比較を行っています。


図−7 濃尾地震時の根尾谷断層付近の変位状況と地盤状況

 図−7には、水準測量の主な測点や地形・地質の概要を表示しました。また、濃尾地震の地震断層の位置とこれと対をなす撓曲の推定位置も記入してあります。

 図−7を見ると、活断層図の1本の活断層と地震断層がぴったり接合している感じになっています。そして、この地震断層の線は、基盤層からなる山地地塊と第四紀堆積物からかる盆地との地形境界とみごとに合致しています。しかし、地震断層の変位が北東側落ちで、撓曲の変位が南西側落ちで、変位のセンスからすれば全く断層と対をなす撓曲の位置は、山地地塊と濃尾平野の地形境界ではなく、濃尾平野の北東縁内になっていると判断されます。断層と撓曲の位置が山地地塊の両側の地形境界と合致しているのではないかと思い、それを確認するために以上の作業を行ってきたようなものです。しかし、断層については期待どおりの結果が得られましたが、撓曲については、話はそれほどは単純でないようです。



 いずれにしても、撓曲は重要です。地震時に形成された撓曲なので、「地震断層」にならって、「地震撓曲」と呼んで良いと思います。地震撓曲があることは、断層付近では、地震時に上盤側が全体として上昇したわけでなく、地震断層に沿う帯状部分が、部分的に上昇したことを示しているからです。

 図−8に、「地塊プロック抜け上がりによる変位」モデルと、「逆断層による変位」モデルの断面の比較を示しました。


図−8 変位状況のモデル断面図


 この図で、逆断層モデルでは、断層に沿う変位のみが生じ、これと対をなす撓曲は生じないことは明らかです。つまり、濃尾地震時の根尾谷断層付近の変位は(a)の帯状地塊の抜け上がりで説明されるのです。


 さらに、垂直の変位のセンスは場所によって異なるが、水平変位のセンスは全体を通して同一の左横ずれであることから、図−9に示したような運動が想定されます。



図−9 「断層帯地塊プロック運動」モデル (平面図)

 根尾谷断層付近では、北東側の西北西−東南東方向に延びる地震断層線と、南西側のおそらく同方向に延びる地震撓曲線が対をなしていて、この間が長い断層帯になっていたと解釈できます。そして、断層帯内が、地震断層の向きにほぼ直角の境界線によって、多数の地塊ブロックに分かれていて、その各々のブロックが独自の垂直変位をしたことが考えられます。地塊ブロックの境界は、地震断層または地震撓曲です。

 地震断層は目立つので、記載・記録され易いのですが、「地震撓曲」はさほど目立たないので、重要なのに見落とされていることがかなりあるのではないでしょうか。





補足
「高密度段彩等高線図]」については、TOPIC1 の補足をご覧ください。

等高線の色と間隔は TOPIC1 と全く同様の次の決めごとで作成しました。

等高線の色と間隔

間隔 25m


0 - 175m 黒
200 - 375m 青
400 - 575m 黒
600 - 775m 青
800 - 975m 黒
1000 - 1175m 黄緑
1200 - 1375m 黒
1400 - 1575m 黄緑
1600 - 1775m 黒
1800 - 1975m 黄緑


参考文献

1 大塚 彌之助(おおつか やのすけ) 著 1942 日本の地質構造
                         同文書院 pp. 189-191

2 数値地図
国土地理院 数値地図50mメッシュ(標高) 日本−U
の内

533633 (美濃広瀬), 533634 (樽見), 533635 (谷合), 533636(下洞戸), 533637(苅安)
533623 (横山), 533624 (谷汲), 533625 (美濃神海), 533626(岩佐), 533627(美濃)
533613 (美束), 533614 (池野), 533615 (北方), 533616(岐阜北部),533617(美濃関)
533603 (関ヶ原), 533604 (大垣), 533605 (岐阜西部), 533606(岐阜),533607(犬山)

533730 (美濃川合), 533731 (金山), 533732 (神土)
533720 (上麻生), 533721 (河岐), 533722 (切井)
533710 (美濃加茂), 533711 (御嵩), 533712 (武並)
533700(小泉), 533701(土岐), 533702 (瑞浪)

のデータを引用して図−2を作成しました。


3 日本列島の地質編集委員会 編 2002
理科年表読本 コンピュータグラフィクス 日本列島の地質CD−ROM版
                           丸善   第2章 日本列島の地質

4 活断層研究会 編 1992   [新編] 日本の活断層 分布図と資料
                           東京大学出版会   分布図